子宮内膜症と骨盤痛 ー子宮内膜症患者が腹腔鏡下手術を受ける価値があるのか?ー
★その1
子宮内膜症の方が手術を受けるのをためらうことは多い。開腹手術を勧められたり、合併症の説明にたじろいだり・・・そこで、今回は子宮内膜症とくに月経痛や骨盤痛などの強い痛みを伴う方が手術を受ける価値があるのかどうかについて考えてみたい。
子宮内膜症取扱い規約第二部治療編・診療編(金原出版)をみると、子宮内膜症で腹腔鏡下手術を受けた患者のうち、一年以内に骨盤痛が再発してしまったのが40%、五年以内に再発したのが60%であったとされている。このデータをみると、骨盤痛の治療のために腹腔鏡下手術を受けるのは約半数の患者さんにとっては無駄ということになってしまう。
この研究は国内の大学病院を中心とした多施設共同研究によるものである。大学病院を中心とした多施設共同研究というのが曲者だ。薬物療法と違って、術者の技術には大きな差がある。おそらく手術の内容自体がかなり異なっているのではないかという話を聞いたこともある。(たとえば、ダグラス窩の剥離自体ができていないなどなど・・・)
ところが欧米のエキスパートの成績では5年後の再発は、ほとんどないというものから30%程度のものまでとかなり成績は良好である。この違いはいったい何なのだろう?
そこで、私のデータをお見せする。第46回日本産科婦人科内視鏡学会で発表した演題の抄録である。
【目的】
骨盤痛を伴う子宮内膜症に対する腹腔鏡下手術の予後は決して良好ではなく、半数以上が術後1年で元に戻ると言われている。今回、我々は骨盤痛を伴う子宮内膜症に対して施行した腹腔鏡下手術の短期的予後を検討したので報告する。
【方法】
平成15年10月から平成18年3月までに骨盤痛を伴う子宮内膜症93例に対して骨盤内の子宮内膜症を可及的に切除した。このうち64例では手術直後の月経痛の評価が可能であり、40例では術後1年後の評価が可能であった。腹腔鏡下で術前、術後初回月経、術後1年前後での月経痛をVisual analogue scale (VAS)にて評価した。
【結果】
術前の月経痛はVASで8.41から術後初回月経で3.10に軽減しており(64例)、12ヶ月後にさらに2.24まで軽減していた(40例)。術後1年までのフォローが可能であった40例について検討すると、術後初回月経痛は24例でVAS5未満となり16例ではVAS5以上のままであった。術後初回月経痛VAS5以上であった16例も月経痛は次第に改善しており、12ヶ月後には13例がVAS5未満で3例のみがVAS5以上であった。この月経痛改善不良例3例のうち2例に12ヶ月後の検診時に経膣エコーで小さな子宮腺筋症の所見がみとめられた。また、術後初回月経痛がVAS5未満であった24例は、12ヶ月後に22例がVAS5未満であった
が2例はVAS5以上に戻っていた。12ヶ月後にVAS5以上のものは5例であったが、3例は鎮痛剤でのコントロールが可能であり鎮痛剤が奏功せず低用量ピルを服用していたものは2例であった。
【結論】
我々の施行した腹腔鏡下子宮内膜症病巣切除術は、骨盤痛、月経痛に対して有効であった。手術直後の月経痛が強くても数ヶ月経過するうちに次第に改善した。少数の再発、改善不良例については今後の検討を要するが、ほとんどの症例では少なくとも術後一年までの予後は良好であった。
ちょっとわかりにくかったかもしれないが、術後1年フォローできた40例のうち、月経痛が改善されたのは37例で改善不良のものは3例であった。そのうち低用量ピルを内服する必要があったものは2例、わずか5%であった。そして骨盤痛(たとえば排便痛や性交痛)についても90%以上が改善(ほとんどは消失)していたのだ。多施設共同研究の場合40%は1年後に再発・・・この違いはいったい何なんだろう?
★その2
子宮内膜症患者が月経痛や骨盤痛で腹腔鏡下手術を受けても、あまり予後がよくない(全国の大学病院の共同研究で約40%が一年で再発)ことを指摘した。一方、できるだけ完全な病巣切除をした場合、(私のデータでは)一年後の再発(低用量ピルで管理していた例)は約5%であったと述べた。この違いは何なのか?おそらく、手術の内容が全然違うのだろう。
まずはなぜ子宮内膜症により痛みが生じるのか考えてみる。
子宮内膜症の痛みの原因は、大変複雑でさまざまなものが原因として考えられる。これを以下の3つの病態に分けて説明すると理解しやすくなると思う。
1.卵巣チョコレート嚢胞によるもの
2.癒着(組織の引きつれ)によるもの
3.子宮内膜症病変によるもの(深部病変、腹膜病変)
○チョコレート嚢胞の破裂
まず、卵巣チョコレート嚢胞は子宮内膜症病変が卵巣の中にできたものである。病変から月経時に出血し内部にチョコレート状の古くなっていた血液が貯まっていく。(風船のなかに水道で水を入れていくようなものだ。)内容液は月経時に増えるので、そのとき嚢腫が破裂することがある。そうすると古い血液がお腹の中にばらまかれて腹膜が刺激されて激しい腹痛をおこす。ドバーッと出ると非常に痛く、急性腹症として救急車で運ばれることもある。また、ほんの少し漏出しただけであれば、かなり痛い月経痛として本人には認識されるだけで済むこともある。
たまに起こる人もいれば、かなり頻繁に(2〜3ヶ月に一度くらい)破裂している人もいる。患者さんからよく話しを聞くと、痛みが強い月とあまり痛くない月の差が大きいことが多いので、破裂による痛みであろうと推測できる。
腹腔鏡をしてみると、腹腔内にヘモジデリンの沈着がみられるのが特徴で、破裂が起こっていた付近で腹膜や卵巣周囲臓器が茶褐色になっています。ああ、ここが破裂して痛かったんだということがわかるわけだ。
○チョコレート嚢胞の圧迫
卵巣チョコレート嚢胞がある患者さんは、よく腰痛を訴えることがある。月経時に腰が痛いということもあるし、月経時以外にも腰痛がある場合もある。チョコレート嚢胞は子宮内膜症のために周囲が癒着していて可動性が不良であることが多く、嚢胞が大きくなると骨盤の深いところに固定された状態で大きくなる。それにより骨盤が圧迫されてしまうのだろう。手術で嚢胞を核出してしまえば、圧迫はなくなるので痛みは改善する。
○チョコレート嚢胞による痛みの治療
チョコレート嚢胞による痛みは、チョコを核出するだけで解決する。エタノール固定や焼灼でもとりあえず解決する。開腹であろうが、腹腔鏡であろうが嚢胞に対する処置を行えば、痛みはなくなる。(薬物療法でも、当面の問題は解決する。)手術自体もそれほど難しいものではない。
しかし、卵巣を温存するのなら大事なのは痛みを治療するだけではなく、その機能の温存である。手術をするのなら、いかに正常卵巣組織を残して、卵巣にある子宮内膜症病変を切除するか・・・それを考えていくと決して易しい手術ではない。
★その3
癒着の痛みについて考えてみる。
ほとんどの患者さんは癒着が痛みの原因になると考えている。本当だろうか?たとえば骨盤腹膜炎などで腹腔内に癒着があったとしても、それが月経痛の原因になることはない。術後の癒着が頑固な痛みの原因になることもほとんどない。それでも癒着剥離後に痛みが軽くなる例は少なくない。なぜだろうか?
子宮内膜症病変は、月に一度、月経のとき子宮内膜と同様に出血している。月に一度病巣部分を傷つけているようなものだ。もし、毎月一回、腕をカミソリか何かで切り続けたらどうだろうか?場所を変えるのではなく、同じところを。切っては血が出て、治り、治ったらまた切る・・・・これをくり返すと・・・・
瘢痕になってしまい、おそらく周囲の正常組織を引きつらせて治癒していくだろう。周囲の神経まで引きつらせてしまい、慢性的に痛くなるだろう。(子宮内膜症なら月経時以外も痛くなる)子宮内膜症ならその瘢痕の中に病巣があり月経時の痛みはいよいよ強くなる。
手術で癒着を剥離するということは、この引きつりを剥離によってリセットするようなものだ。つまり、癒着剥離をすることにより骨盤神経などの引きつりをとれて痛みが軽くなるのだろう。
癒着を剥離するだけである程度骨盤痛は楽にはなるようだ。しかしながら、それだけでは深部病変は残ったままだ。骨盤痛に対しては効果的ではあるが、あまり効果がない例も少なくない。一時的には良くなっても痛みが再発する例も少なくない。
なぜか?おそらく活動性の高い深部病変が残っているためだろう。深部病変を切除しなければ引きつりが解除されないことも多い。また、腹膜病変が十分に切除(もしは焼灼)できていないためかもしれない。どちらにしろ、子宮内膜症病変が残っているかぎり骨盤痛が残る可能性はある。
★その4
子宮内膜症病変そのものが引き起こす痛みについて考える。
この痛みは月経時に子宮内膜症病変からの出血のためにおこる。腹膜病変なら腹腔内に出血をおこし、深部病変であれば病巣内に出血をおこす。深部病変内の出血は組織の間に貯まり、まわりの組織を引き裂いてしまう。腹膜病変であれ深部病変であれ病変部からの出血は強い痛みを起こす原因となる。
これにより炎症がおこりマクロファージが出す化学物質により周囲組織が損傷される。また、深部病変ではとくにプロスタグランディンという化学物質が多く作られる。このプロスタグランディンは子宮や腸管の平滑筋を収縮させるはたらきを持っていて陣痛促進剤や腸閉塞の治療薬として使われる。
月経時には子宮内膜症や子宮腺筋症の病変部から産生されて子宮や腸管を強く収縮させる。それにより陣痛のように強い月経痛を引き起こしたり、下痢になったりする。
今まで述べてきたように、子宮内膜症の痛みは
1. 卵巣チョコレート嚢胞が原因となる痛み
2. 癒着や引きつれによる痛み
3. 子宮内膜症病変そのものによる痛み
などが原因となっていると考えられる。
骨盤痛、月経痛を取り除くために手術をするのであれば、手術中の所見(もちろん術前の評価からも)から、この患者さんはなぜ痛いのかを考え、その原因を取り除く手術をしなければならない。
普通、開腹手術であれば、卵巣チョコレート嚢胞の切除やある程度の癒着剥離はどの施設でも行っている。また、腹腔鏡下手術でも行う術者も少なくはない。卵巣チョコレート嚢胞やちょっとした癒着が原因であれば運よく月経痛、骨盤痛は治るだろう。しかし、子宮内膜症の深部病変やかなりシビアな癒着や引きつれが原因になっているのであれば、手術したにもかかわらず痛みがあまり治らないというのは決して珍しいことではない。
★その5
子宮内膜症の痛みのほとんどは以下のものが原因となる。
1.卵巣チョコレート嚢胞が周囲を圧迫したり、破裂したりして痛い。
2.癒着により周囲組織を引きつれさせて痛い。
3.子宮内膜症病変から出血したり発痛物質が出るために痛い。
個々の患者さんの痛みは、これらの要因が合わさって起こる。深部病変が痛みの主体となっているのなら深部病変に対する処置は必須となる。また、チョコレート嚢胞が痛みの原因なら、これを処置すれば痛みは良くなるはずだ。
普通、痛みはこの中のどれかだけが原因となることは少なく、これらが組み合わさっている。(もちろん、これ以外にもあるかもしれない)
チョコレート嚢胞、子宮内膜症(ときには子宮腺筋症)を完全に切除できれば言うことはない。しかし、重症例では限度がある。より完全を目指せば、リスクも高くなる。どこかで妥協せざるを得ない。
子宮内膜症は痛み、不妊、悪性化(とくに卵巣チョコレート嚢胞)などさまざまなトラブルを引き起こす。これらを解決するためには、そのための戦略が大切だ。やみくもにできることをするのではない。戦略に基づいて、問題解決を目指すのである。子宮内膜症は、患者によって所見は全く異なる。症状も全く異なる。手術もケースによって全く異なり、テーラーメイド手術と言える。
★その6
○子宮内膜症とその自然史
子宮内膜症患者は10代から場合によっては50代まで幅広い年齢層にわたっている。子宮内膜症は加齢によって以下のように変化していくと言われている。患者さんの年齢によって、同じ子宮内膜症でも腹腔内の状態はまったく異なり、同じ子宮温存手術であっても手術の戦略は異なっている。
子宮内膜症は、若年期(20歳以前)に発症し、最初は初期病変の透明水疱や活動性の高い赤色病変であり、生理活性物質を大量に産生して痛みの原因となるが、次第に活動性の低い黒色病変となり(30歳以降)、黒色病変の瘢痕化した一部が深部浸潤性病変へ移行し、活動性を維持して強い臨床症状を引き起こす。(子宮内膜症の自然史、日本臨床 2001増刊号、杉並洋)
私は16歳女性ですでに深部病変のかなり進行した重症例を手術した経験がある。20代ですでにかなりの繊維化がすすんでいる例を見ることも少なくない。つまり、必ずしも全ての患者がこのとおり(上記文献のとおり)ではない。
しかし、20代〜30代前半の女性では透明水疱や赤色病変などの腹膜病変が頻繁に見られるし、深在性病変も繊維化や瘢痕化が進んでいないことが多い。一方、30代後半〜40代では活動性の高い病変は少なく、活動性の低い白色病変、繊維化の進んだ深部病変が見られることが多くなってくる。
つまり、若年者では活動性の高い子宮内膜病病変が痛みの原因となり、年齢が進むにつれて、慢性的な炎症が続いた結果、繊維化の進んだ深部病変と強い引きつりが痛みの原因となるようだ。(というか、そういうことが多い)
子宮内膜症は月経が何度も発来する間に病変部で出血をくり返して起こし、慢性的な炎症が少しずつ進行してくる。つまり年齢が進むにつれて子宮内膜症も奥深くへとすすんでいく。そうなると深部病変を全て切除しにいくのは困難で、奥深いところにある静脈が傷つきやすく、出血のコントロールが難しい。どこかで深追いするのはあきらめて妥協しなくてはならない。
そういう意味では、10〜20代女性のほうが手術は容易であることが多い。しかし、若い女性では病巣を残すと再発しやすいので、繊細で丹念な手術操作が要求される。逆に30代後半-40代女性の場合には繊維化した病巣が多少残っても若年女性ほど痛みが再発しやすくはない。
どこまで攻めるかは腹腔内所見や患者の年齢などで多少異なってくる。たとえば、20代女性であれば、活動性の高い病巣を十分切除するとか、30代後半の女性で繊維化した深部病変は必要以上に切除しない(もちろん癒着や引きつりは完全に解除するのは必要)というのもよい戦略である。もちろん中途半端な切除では治療効果はないから、病変の多くは切除できた上での話である。。
手術のリスクと術者の技量を考えて20代までの女性ではラジカルな手術はしないほうがいい、という意見もある。私はそれも戦略の一つだと思うが、そういう術者のほとんどは深部病変の切除の経験がない。
★その7
○若年女性の子宮内膜症
患者さんが若いほど、病巣がアクティブなことが多く、できるだけ病巣を切除しなければ再発しやすい。技術が伴わなければ卵巣チョコレート嚢胞の核出では、卵巣の正常部分を取りすぎたり出血させたりして、卵巣機能不全や不妊の原因になることがある。しかし、深部病変や癒着に関しては繊維化が進んでいないことが多く、意外にも癒着剥離しやすかったり、切除しやすかったりする。
○30代後半より年齢の高い女性の子宮内膜症
月経が始まってから20年以上経過しているので、子宮内膜症自体が年季が入っている。(変な表現?)繊維化が進んでいて癒着を剥離するのが難しいことが多く、骨盤の奥深い組織が引っ張られるように癒着しているので深部病変を完全に切除しようとすると出血が多くなることがある。(骨盤の奥深くにある静脈の近くにまで病変が及んでいる。)しかしながら病巣自体は繊維化が主体で子宮内膜症病変はそれほど多く存在しないことが多く、多少残ったとしても月経痛は治りやすい。閉経まで10数年だから、それまでのことを考えておけばどうにか管理できる。
○手術の戦略は?
子宮内膜症手術の基本的な戦略は、腹腔鏡下で腹腔内を十分に観察し、子宮内膜症病変をできるだけ切除することだ。骨盤痛が主訴になる場合には特にそうしなければならない。しかし不妊が主訴で骨盤痛があまり強くない場合には術後癒着や妊孕性温存のことを考えておくべきだろう。このように病変がどれくらいアクティブか繊維化が進んでいるかで、どれくらいラジカルに手術するかを考えた方がいいと思う。
★その8
○術後にも残る痛み
腹腔鏡下手術をしたにもかかわらず痛みが残る場合がある。さまざまな原因がある。次第によくなってくることもあるし、全然術前と変わらないこともある。
手術をしたら治る、よくなると思っていたのに全然変わらない・・・患者さんにとっては大変ショックなことだと思う。その原因と対策に考えてみる。
○子宮内膜症病変が切除できていなかった?
前回までに子宮内膜症による痛みの原因は、大きく分けて、
1.卵巣チョコレート嚢胞が周囲を圧迫したり、破裂したりして痛い。
2.癒着により周囲組織を引きつれさせて痛い。
3.子宮内膜症病変から出血したり発痛物質が出るために痛い。
であると述べてきた。
卵巣チョコレート嚢胞が原因であれば、腹腔鏡下手術であれ、開腹手術であれ、嚢胞を核出、もしくは卵巣を摘出してしまえば痛みはなくなるだろう。
しかし、癒着が完全に剥離できなかった、深部子宮内膜症病変が残ったままになっていた、ということが原因で術後も痛みが続くということはよくあるようだ。(この場合、月経時以外でも痛みが残る。)この場合、通常、主治医は術後にホルモン療法をすることを勧めるだろう。
GnRHアゴニスト(偽閉経療法)や低用量ピルなどである。偽閉経療法は通常6ヶ月間行うが、人によっては治療が終了したと同時に痛みが再発する。低用量ピルの場合は長期服用が可能だから、それで問題が解決するかもしれない。しかし、嘔気などで続けられない、痛みが治らない、という人もしばしばみられる。
このような場合には、子宮内膜症の遺残や癒着を再度評価することが必要になる。もし、病巣の多くが残っているのであれば、再度手術して病変をできるだけ完全に切除するというのも治療の選択肢になる。
実際、他院で子宮内膜症の手術をしたにもかかわらず、骨盤痛が治らなかった、すぐに再発してしまった・・という方が来られて、腹腔鏡下で子宮内膜症病巣切除を行うことがある。そういうケースでは深部病変を切除することにより、骨盤痛はほとんど解決する。
★その9○癒着を剥離、深部病変を切除しても残る痛み
さて、子宮内膜症を出来るだけ切除しても残る痛みについて考えてみる。
○術後の月経痛
子宮内膜症をできるだけ切除しても術直後の月経では約4割の患者さんがVAS(*)5以上の痛みが残った。あまり治らなかったなぁとがっかりしていると次第に月経痛は改善し、3ヶ月後にはほとんど痛みがなくなってくる。その後も痛みは改善し一年後にはVASで2程度まで下がる。(術前の平均はVAS8くらい)
*VAS(visual analog scale):死ぬほど痛い痛みを10とし、痛みがない状態を0としたときに、その痛みの程度を数字で表現してどれくらいになるか
月経以外の痛みは、術後早期に改善することが多いが、月経痛自体は手術直後にはあまり変わらないことも少なくない。しかし、数ヶ月のうちに痛みも引いていく。何故なのかはよくわかっていない。手術侵襲による炎症がある程度影響しているのではないかと思われる。
だから子宮内膜症が確実に切除できていたのなら、手術直後の月経で痛みがあまり変わらなかったとしてもあまり悲観することはない。
○しだいに再発してくる(もしくは術後も変わらない)月経痛
さて、私が術後フォローした患者さんの中でよくなった月経痛が、しだいに強くなってきた方も1名おられた。術後1年の時点で月経痛がVASで5以上の方は40名中3名であった。月経痛の改善不良(といっても術後は鎮痛剤はよく効くようになるが)例は少数だがある。
○子宮内膜症をできるだけ切除したにもかかわらず残る痛み
このように少数例では、できるだけ子宮内膜症を切除したにもかかわらず月経痛は残る。これにはいろんな原因がある。
★その10
○子宮内膜症をできるだけ切除したにもかかわらず残る痛み
5-10%くらいの患者さんは、たとえ、できるだけ子宮内膜症を切除しても骨盤痛はある程度は残ってしまう。「月経でやっぱり痛い」という場合と「月経の時以外の痛みが治らない」という場合がある。私の経験では、重症子宮内膜症で深部病変を多く切除した方よりも、むしろ子宮内膜症自体は思ったほどひどくなかった人に見られる傾向がある。これにはいろんな原因が考えられる。
○取り残した子宮内膜症が痛みを起こしている。
相当な重症例の手術では、どうしても深部病変がある程度は残ってしまう。しかし、取れるところはできるだけ切除しているのでトータルでは90%以上の病変を取り除いている。そういう患者さんの痛みはほとんど治る。
もちろん、残った子宮内膜症病変が再燃して痛みの原因になるということはありうるが、少なくとも術後2-3年は痛みがほとんどなくなる。
だから、わずかに取り残した子宮内膜症病変が【治らない痛み】の原因になるとは考えにくい。むしろ、症状が強いにもかかわらず、子宮内膜症が思ったより軽症である場合のほうが痛みが取れないことのほうが多い。
もちろん、この場合でも子宮内膜症病変を取り残しているということはありえる。というより、子宮内膜症を認識できなかったということかもしれない。正常に見える仙骨子宮靭帯のなかにもある程度の割合で子宮内膜症病変があると言われている。
右卵巣を切除し右骨盤壁の腹膜病変を完全に取り除いたにもかかわらず、右下肢痛と腰痛が治らないという例があった。この場合、その原因は2つ考えられる。骨盤のより深いところ(たとえば閉鎖リンパ節の周辺など)に子宮内膜症があるのかもしれないし、子宮内膜症が痛みの原因ではないかもしれない。
○子宮内膜症がその痛みの原因ではない。
じゃあ、その痛みは何なんだと言われそうだが、腹腔鏡でも明らかな所見がなく何でその症状があるのかわからないという例がある。メンタルなものがあるのかもしれないし、子宮内膜症以外の器質的疾患があるのかもしれない。(間質性膀胱炎など)
○あらたに子宮腺筋症が出てきた。
術後フォローしていると子宮腺筋症が出来ていることがある。(子宮腺筋症ではなく子宮が収縮していて、腺筋症様に見えることもあるかもしれない。)精査してフォローする必要がある。この場合、月経痛は強くなるものの月経以外では痛みが出ないことが多いので鎮痛剤のみで様子をみていいのかもしれないが、低用量ピルを内服したほうが腺筋症は進行しないように思えますね。
骨盤痛の病態、治療は非常に複雑だ。手術をして、「ハイ、終わりました」というわけにはいかない。個々の患者さんの病態を把握し手術や治療をして術後フォローをする、予後がよくならない場合には別の手だてを考える必要がある。
★その11
○痛みのわりに所見に乏しいケース
月経痛、骨盤痛の患者さんを診ていると、月経痛や骨盤痛の症状が強いわりに子宮内膜症の所見が軽い(もしくはほとんどない)ことがある。ダグラス窩の癒着はまったくないかわずか、また、子宮内膜症病変もわずかに存在するのみだったりする。
こういう場合、通常は仙骨子宮靭帯切断(LUNA)が行われることが多い。しかし、LUNAは長期的な予後はそれほどいいとは言えない。LUNAは効かないという医師も少なくない。(Charles H. Koh曰く”LUNA doesn’t help.”)
では最近このような状態に対してどのような手術がされているのか述べてみる。
仙骨子宮靭帯〜骨盤腹膜の切除:慢性骨盤痛の患者に対して、正常に見える仙骨子宮靭帯や骨盤腹膜を切除する。正常に見える仙骨子宮靭帯でも子宮内膜症病変がみとめられたり、炎症が存在していたりするらしい。
(Histopathologic findings on uterosacral ligaments in women with chronic pelvic pain and visually normal pelvis at laparoscopy. J Minim Invasive Gynecol. 2006 May-Jun;13(3):201-4.)
しかしながら、ほぼ正常に見える仙骨子宮靭帯を切除した場合の予後については、あまりよくわかっていない。とはいうものの、多くの骨盤痛は改善しているようだ。
前仙骨神経叢切除術:仙骨の前面、大動脈〜総腸骨動脈の分岐部の前面に上下腹神経叢が走行しており、その中に子宮へ入る神経がある。仙骨前面の神経叢を菱形に切除するのが前仙骨神経叢切除術である。central pain、すなわち骨盤痛のなかでも身体の中心部の痛みに有効であると言われている。
(Effectiveness of presacral neurectomy in women with severe dysmenorrhea caused by endometriosis who were treated with laparoscopic conservative surgery: a 1-year prospective randomized double-blind controlled trial. Am J Obstet Gynecol. 2003 Jul;189(1):5-10.
Presacral neurectomy for surgical management of pelvic pain associated with endometriosis: a descriptive review. J Minim Invasive Gynecol. 2006 Sep-Oct;13(5):377-85.)
本邦ではあまり行われていないが、本術式の特徴はLUNAに比べて、より効果的であり長期予後も良好であると言われている。私は原因のはっきりしない重症骨盤痛例に対して十数例施行したが、90%程度の奏功率であった。子宮内膜症切除や仙骨子宮靭帯切除などと組み合わせて行うことにより骨盤痛治療の効果を上げることができると思う。