手術療法
保存手術(子宮、卵巣を温存する):基本的に、手術でおこなうのは子宮内膜症の病巣を取り除くことです。また、高周波で子宮内膜症病巣を凝固したり腹腔内を洗浄し妊孕性の向上を期待する場合もあります。月経痛の治療目的で仙骨子宮靭帯を切断することがありますが、子宮内膜症ではあまり有用でないと言われています。卵巣チョコレート嚢胞に対しては、嚢腫の核出、高周波で焼灼などがおこなわれています。
根治手術:子宮と卵巣を全摘します。子宮内膜症病巣が遺残した場合、約10%(卵巣を温存した場合には50-60%以上)に骨盤痛が残ることがあると言われています。最近では欧米の腹腔鏡術者は子宮と子宮内膜症病巣を切除し、卵巣は正常であれば温存しているようです。
最近では保存手術、根治手術ともに腹腔鏡下手術で行われることが多く、開腹されることは非常に少なくなっています。
どんな手術ですか?
不妊症治療のために手術するのか、痛みを取り除くための手術をするのか、卵巣腫瘍(卵巣チョコレート嚢胞)を治療するのかで手術に対する基本的な方針がことなってきます。
不妊症に対しては、癒着の剥離し再癒着を予防する処置を行います。子宮内膜症をできるだけ切除するか、焼灼、蒸散の処置が行われます。ある程度残ってしまっても腹腔内を十分洗浄してマクロファージや炎症性の物質を洗い流してしまえば、術後1年くらいは自然妊娠が期待できます。卵巣嚢腫を取り除くのが主目的(たとえば腫瘤が大きいときなど)で痛みの症状がなければ骨盤壁の子宮内膜症は無理に切除する必要はありません。卵巣腫瘍のみを切除して終わることが多くなります。月経痛、慢性骨盤痛の治療として腹腔鏡下手術をする場合には、できるだけ子宮内膜症を切除することが必要になります。
重症例では子宮と直腸、卵巣が強く癒着しており一塊になっていることも少なくありません。これらの境界を探しながら、直腸や血管、尿管などを傷つけないように少しづつ癒着剥離を進めていきます。その後、腹膜や子宮後面、仙骨子宮靭帯、直腸などの病巣を切除していきます。
子宮内膜症の手術は、おそらく婦人科の腹腔鏡下手術でもっとも難しい手術です。癒着や子宮内膜症の病巣のために正確な臓器の位置がわかりにくいことがあり、繊細で正確な手術操作が求められます。術者による出来不出来の差が著しく、熟練した術者でなければ癒着剥離できず中途半端な手術に終わったり開腹せざるを得なかったりすることが少なくありません。
また、積極的に癒着を剥離したり病巣を切除しようとすれば、尿管、血管、腸管などに病巣が近接している場合には、これらを傷つけたり、穿孔することもあります。また、これらの臓器(特に腸管)に病巣が浸潤している場合には、腸管などを部分的に切除する必要が出てくることもあります。その場合、腸管を正確に縫合修復することが必要になります。腸管手術を施行したり、癒着が強固だった場合、ドレーンを留置します。
比較的軽症例では1-2時間で手術は終わりますが、重症例では3-4時間以上かかることもあります。手術時間は早いほうがいいのですが、一番大事なことは目的とする治療ができ安全に終わることです。
合併症は?
出血:術者によって異なります。熟練した術者であれば多量に出血して輸血が必要になることはあまりありません。
感染:術後感染はどのような手術でもあり得ますが、通常抗生物質を術前もしくは術中に投与することにより感染のトラブルはだいたい防げます。
腸管損傷:癒着の強いケースでは、腸管とその他の臓器の境界がわかりにくく癒着剥離中に腸管を穿孔させてしまうことは十分有り得ます。腸管を穿孔した場合、腸のなかには便がたまっていると腹腔内が汚染され術後感染が重症化したり、縫合不全を起こした場合には再手術、経過が悪ければ一時的に人工肛門を増設しないといけなかったりすることも有り得ます。そのため、子宮内膜症である程度癒着があると予想される場合には、手術前にしばらく絶食にしたり、大腸内視鏡検査をするときに使うような強力な下剤を服用することにより、腸管の中を空っぽにして大腸の外科手術をするときのような状態にしてから手術に備えます。これにより、腸管損傷もしくは腸管の切除を行ったときの合併症を最小限にすることができると思われます。
腸管損傷というと何かミスをしたような印象があるかもしれませんが、もし重症子宮内膜症を手術するのなら当然考えられることです。もし腸管損傷をできるだけ避けるのならば癒着を剥離せず、そのままにして卵巣のチョコレート嚢胞など比較的安全に取れるところだけの子宮内膜症を切除したほうがいいでしょう。そのかわり疼痛自体はあまり変わらないかもしれません。また、腸管に子宮内膜症が浸潤している場合には腸管を部分的に切除する必要があります。手術のリスクを理解して腸管部分切除を受けるか、腸管の子宮内膜症を残して再発の可能性が高くなるほうをとるかということも選択する必要があります。
縫合不全:感染や縫合が不完全だった場合に腸管の縫合がうまくいかず穴から腸液がお腹の中に漏れてトラブルを起こします。普通、前述のように術前の腸管洗浄が完全で、縫合が問題なく、十分な太さのドレーンを留置していればトラブルを起こすリスクは低いと思われます。
遅発性穿孔:剥離により腸管が薄くなっているのに修復していなかったり、縫合不全がおこったり、腸の近くで電気メスを使って腸に熱損傷がおこったりすることで、腸の一部に術後、穴が開いてしまうことです。既に食事を開始している場合には便が腹腔内に漏れて汎発性腹膜炎や敗血症になり命にかかわる合併症になることもありえます。ただちに再手術をすることが必要になります。
子宮内膜症(とくに重症例)の手術では、このようなリスクがあることは否定できませんが、熟練した術者が十分に備えた処置をして(術前の絶食や輸液)手術に臨めばリスクは最小限になるものと思われます。ちなみにアメリカのC.H.Kohは60例以上の直腸全層切除(直腸の前面の一部を切除)を施行し、一例も縫合不全などのトラブルはないと報告しています。
卵巣機能不全:卵巣チョコレート嚢胞を核出した場合、(特に子宮内膜症が浸潤している場合)正常卵巣組織があまり残らないことがあります。また、核出面からの出血を止血するために縫合したり電気凝固したりしますが、まれに血行障害がおこることがあります。これらにより術後卵巣機能不全になることがあります。
術後癒着:癒着剥離をしたり子宮内膜症を切除したところは、術後に再癒着することも少なくありません。子宮内膜症がほぼ切除されている場合には多少再癒着が起こっても痛みの原因になることは少ないと思われます。また、腹腔鏡下手術後に妊娠する方は多いので、将来的な妊娠に問題になるような癒着はあまり多くはないと考えられます。
手術でどれくらい良くなりますか?
患者さんによって差がありますが、月経痛は術前を10とすると術後は2-3くらいになる人が多いようです。患者さんのうち80-90%の人には満足する結果が得られますが、痛みがあまり変わらない方もおられます。月経痛以外の疼痛はほとんどの人がよくなります。子宮内膜症がある程度残ってしまっても短期的には同じくらいですが、3年以上先の長期的な予後は劣るようです。
月経痛は、子宮内膜症によるものだけではなく子宮収縮による痛みもあるので完全になくすのは難しいのかもしれません。しかしながら、鎮痛剤などの薬物療法は非常に効くようになる方が多いようです。月経痛が強いのに意外に子宮内膜症が軽症であったり、なかったりすることもあります。そのような方には手術(子宮内膜腫の切除)の効果は期待しにくいので、前仙骨神経叢切除といって仙骨前面の子宮などに入っていく神経を切除する手術が効果的であることがあります